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今週の例会
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2021年9月1日開会 (通算332回)

第1、第3水曜日0時より開催しています。

開会点鐘・歌の斉唱

会長挨拶

今月は、基本教育と識字率向上月間です。

みなさん、伊藤圭介先生をご存じでしょうか。
伊藤圭介(いとうけいすけ)先生は、幕末から明治にかけて名古屋を中心に大きな足跡を残した
医師で植物学者です。

日本最初の理学博士で、「花粉」「おしべ」「めしべ」は伊藤圭介先生が作られた言葉です。
花の学名にも、伊藤圭介先生の名前が入ったものが多くあります。
伊藤圭介先生は、享和3年(1803年)1月27日に名古屋呉服町1丁目で
町医者西山玄道の子として生まれました。
現在、生誕地には記念碑が立っています。

生誕地にほど近い名古屋市立名城小学校の正門を入ったところに
伊藤圭介先生の銅像が立っています。
この銅像は、昭和31年6月から毎月27日の伊藤圭介先生の誕生日に児童が積み立てたお金を元に
昭和36年3月15日に完成したものです。
私は、昭和39年4月に名古屋市立名城小学校に入学いたしました。
入学して最初に教えて頂いた郷土の偉人は、伊藤圭介先生でした。


伊藤圭介でなく、伊藤圭介先生。六文字熟語です。
郷土三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)より先に教えられました。
児童が「圭介募金」として集めたお金を元に作られたことも教えられました。


<久しぶりに母校を訪れ、伊藤圭介先生の胸像を撮影してきました>

伊藤圭介先生の主な年譜を纏めますと次の通りです。
享和3年(1803年)1月27日     町医者西山玄道の子として
                                        名古屋呉服町(名古屋市中区丸の内3丁目)で誕生
文化7年(1810年) 8歳   父、西山玄道から医学を学び始める
文政元年(1818年)16歳   本草学者水谷豊文に本草学を学び始める
文政3年(1820年) 18歳   尾張藩の許しを得て医業を始める
文政4年(1821年) 19歳   京都で蘭方医藤林泰助に洋学を学ぶ
文政6年(1823年) 21歳   蘭学者吉雄常三に洋学を学ぶ
文政9年(1826年) 24歳   3月29日に江戸に行くシーボルトを熱田宿に訪ね
                                         医学、洋学を教授される。
              5月にシーボルトが長崎に戻る際には、
長崎遊学を勧められる
文政10年(1827年)25歳     長崎に向かいシーボルト通訳の吉雄権之助宅に寄宿し
                                         シーボルトに師事する。
              シーボルトより「フローラ ジャポニカ」すなわち
              「日本植物誌」を授与される。
文政11年(1828年)26歳     名古屋に戻り「フローラ ジャポニカ」を翻訳開始
文政12年(1829年)27歳   「泰西本草名疏」(たいせいほんぞうめいそ)を出版
天保12年(1841年)39歳     蘭学者上田仲敏と蘭学塾・洋学館を開く
弘化4年(1847年)45歳     尾張藩主より御用人支配医師となる
嘉永3年(1850年)48歳     自宅に種痘所を設け毎月8日に施術 
嘉永5年(1852年)50歳     尾張藩種痘所が設置され取締りになる
安政5年(1858年)56歳     名古屋朝日町に薬草園・旭園を開設
文久元年(1861年)59歳      幕府より蕃書調所出仕を命ぜられる。江戸でシーボルトに再開

文久3年(1863年)61歳    名古屋に戻り洋学館を自宅に戻す
明治3年(1870年)68歳    尾張藩医、石井隆庵、中島三伯と共に西洋医学講習所開設を嘆願
               (後に名古屋大学医学部に発展)
明治4年(1871年)69歳    文部省教授に任ぜられる
明治7年(1874年)72歳    「日本植物図説」を刊行
明治10年(1877年)75歳     東京大学理学部員外教授に任ぜられ、小石川植物園で植物調査
明治14年(1881年)79歳   東京大学教授に任ぜられる
明治21年(1888年)86歳   わが国最初の理学博士の称号を受ける
明治34年(1901年)99歳   1月20日逝去
              東京帝国大学名誉教授の称を受ける。
              正四位勲三等叙され男爵を授けられる


伊藤圭介先生は医師として、そして植物学者として長きにわたり活躍されました。
医師としての功績は、尾張で初めて種痘を行ったことです。
自宅に種痘所を設け広く施術し、尾張藩種痘所開設につなげ取締りも務めました。
また、西洋医学講習所開設を嘆願し、これが愛知県仮病院・仮医学校の設置に繋がり、
後に名古屋大学医学部および附属病院となりました。
また、植物学者としては、若い頃から本草学者水谷豊文や父・西山玄道、兄・大河内存真より
本草学を学び、洋学も学んでいましたが、
なんといってもシーボルトに出会い、直接師事したことが大きいと思います。
シーボルトは、
『余は圭介の師であるとともに、また圭介は余の師である』と言われました。
とても素敵な先生ですよね。
シーボルトは、植物学者のツエンベリー著の「フローラ ジャポニカ」=「日本植物誌」を
『この書を翻訳して勉学に努められよ』と授けられました。

伊藤圭介先生は、「フローラ ジャポニカ」を読み解き、
『泰西本草名疏』(たいせいほんぞうめいそ)として出版されました。
リンネという人の作った植物分類法を説明し初めて紹介しました。
この本には、「花粉」、「おしべ」、「めしべ」という
私たちが小学校の理科の時間で学ぶ言葉が使われています。
この言葉は、伊藤圭介先生が江戸時代に作られた言葉であると知っている方は少ないですが、
当2760地区の方には絶対に覚えておいていただきたい, 伊藤圭介先生の功績です。
伊藤圭介先生は、若い頃から山野を駆け巡り多くの植物を採集され研究いたしました。 
まさに現場主義の方でした。
伊藤圭介先生の功績は、多くの植物の学名にその名が付いていることでもわかります。
スズランは、Convallaria keiskei
イワナンテンは、Leucothoe keiskei
イワチドリは、Amitostigma keiskei
まだまだたくさんあります。

伊藤圭介先生は、江戸幕府や明治政府からも頼りにされ、蕃書調所や
東京大学や小石川植物園にも大きな功績があり、東京大学教授にもなられ
日本初の理学博士にもなられています。
また、明治32年刊行の雑誌「太陽」の投票で明治十二傑にひとりに、  
福沢諭吉、渋沢栄一、伊藤博文と共に選ばれております。
伊藤圭介先生の99歳のその長い人生の多くは、地元名古屋で地道な活動をされていました。
東京を中心に活動されていませんので、全国的知名度はその功績と比較し高くはないですが、
まさに郷土の誇るべき偉人です。
今でも、名古屋市立名城小学校では伊藤圭介先生のお名前を、
新入学生に最初に教えて頂けます。
2760地区の多くの方々にも、伊藤圭介先生のことを知って頂きたいと思います。

結びに
伊藤圭介先生の家訓二十能のいくつかをご紹介いたします。
能法令に遵う  (よくほうれいにしたがう)
能礼儀に順う  (よくれいぎにしたがう)
能奮励を志す  (よくふんれいをこころざす)
能交友を選ぶ  (よくこうゆうをえらぶ)
能紛争を避く  (よくふんそうをさく)
能職業に務む  (よくしょくぎょうにつとむ)

ロータリークラブが発足するかなり前に伊藤圭介先生はお亡くなりになっていますが、
もしご存命ならロータリークラブに入会され素晴らしい先達になられていたことと思います。
伊藤圭介先生の記念室が東山植物園植物会館内にあります。
是非、ご来館ください。



<東山植物園植物会館の伊藤圭介記念館と胸像>

< 8月末までヤマザキマザック美術館で開催された特別展の
  「植物物語」シーボルト、伊藤圭介のパンフレットと
  東山植物園のチケットと参考文献です。お伺いさせて頂き、
  掲載のご許可も頂きました 両館に御礼申し上げます >

幹事報告

【第11期「2760地区RLI会長エレクト研修」パートⅠ 「延期」のご案内】 
 
2021年8月22日(日) 星城大学 名古屋丸の内キャンパスで開催予定の、
第11期「2760地区RLI会長エレクト研修」パートⅠを、
2021年10月3日(日)に延期させて頂き、10月3日(日)をパートⅠとさせて頂きます。

【クラブ公共イメージ向上委員長会議 日程変更開催のご案内】

当初9月16日に開催予定でした、クラブ公共イメージ向上委員長会議ですが、
新型コロナウィルス感染拡大により日程を変更させていただき
開催させていただきます。

【財団】9月3日「第1回 ロータリー財団委員会 全委員会」開催方法変更のお知らせ

昨今の感染状況を鑑み、
9月3日のロータリー財団委員会全委員会は、Zoomにて開催することとなりました。

2021年9月のロータリーレート  1ドル=110円
 

メークアップ&スマイル

下記の皆様よりスマイルボックスを頂きました。

愛知ロータリーEクラブ 天野元成君
「8月に孫娘が3歳になったお祝いに。」



下記の、7名の皆様よりメークアップを頂きました。

塩之谷香様

中根秀樹様

橋口久様

高橋正之様

伊藤祐人様

上田武司様

下山暢子様



誠にありがとうございます。クラブを代表しましてお礼申し上げます。

※ご投稿頂いたあとにお支払いをされていないと証明書が発行出来ません。
送ったのに証明書が来ないなどご不明な点がありましたらお知らせください。

委員会報告

◎ 思い出のクルマ<天野元成>    MAZDA SENTIA   マツダ センティア

1992年3月から2019年6月まで27年余り我が家の愛車であったクルマです。
総走行距離は、28万6千キロでした。
V型6気筒2494cc 最大出力160馬力 最大トルク 21,5kg
全長 4925mm    全幅 1795mm 全高 1380mm ホイールベース 2850mm
4輪マルチリンクサスペンション 4輪ベンチレイテッドディスクブレーキ 
4WS(4輪操舵 後輪も前輪に追随しに動く。中高速では前輪と同じ方向に動き車線変更で揺れず、
低速域では前輪と逆方向に動き最小回転半径4,9M。 デパートの狭い駐車場でも小回りが効く)
アルミ製ボンネット、制振鋼板(鋼板に樹脂を挿み込んだ鋼板)により時速100km走行時
車内騒音62dB(トヨタ・セルシオと同値で国内最高値)
1991年にマツダがルマン24時間レースを日本車として初めて制し優勝した時代のクルマです。
1992年11月生まれの長女と同い年のクルマで、家内はこのクルマで長女が生まれるまで病院に通っていました。
忙しかったけど、楽しい時代でした。




  
  
 

卓話

新入会員の自己紹介 

愛知ロータリーEクラブ 荻 珠里
皆様こんにちは。荻珠里です。
自己紹介をさせていただきます。

幼少より絵を描く事が好きで高校卒業後、デザイン専門学校に入学し、現在もアート活動を行っています。最近では、有名作家の登竜門である憧れのコンペで最終選考まで残りました。

趣味は、野鳥観察です。野生動物と環境問題に興味があり学生時代は、地域のエコクラブと藤前干潟を守る会に所属していました。世界を旅する渡り鳥に最大級のロマンを感じます。現在は、生物分類技能検定の資格取得を目指し、勉強に励んでいます。
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