メークアップ
今週の例会
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2020年4月15日開会 (通算293回)

例会開催期間は、毎週水曜日0時より、翌週水曜日0時までとなっております。

開会点鐘・歌の斉唱

会長挨拶

新しい一週間が始まりました。今週もよろしくお願いします。
 
二ヶ月前の例会の頃と比べて思いもよらない重大な事態になってきました。
愛知県は「緊急事態宣言」より外れましたが県独自の宣言をだしました。
会員のみなさんも自分自身とご家族の皆様の健康に留意してください。
 
5月に予定していました、三島市の「米山梅吉記念館」訪問も記念館が閉館になりましたので中止のお知らせを近日中に理事会へ提案させて頂きます。
 
ロータリークラブによる災害復興活動(新型コロナウイルス関連のプロジェクトを含む)を支援するために災害救援基金 へのご寄付をご検討ください。
 
今週はまず
 
国際キワニス、ライオンズクラブ国際協会、国際オプチミスト、国際ロータリーの合同声明を載せます。
 
 
世界のほぼすべての地域社会に深く根ざしながら、国際キワニス、ライオンズクラブ国際協会、国際オプチミスト、国際ロータリーの奉仕クラブは、新型コロナウイルス(COVID-19)による影響に対応し、これを乗り越えるために、互いや市民とのつながりを維持すべく安全な方法で懸命に活動しています。私たちは、合わせて320万人に上る会員ネットワークの強みを生かし、孤独や恐れを感じている人びとに癒しと希望を与えています。また、私たちがもつスキル、リソース、アイデアを結集して、命を救うために前線で闘う保健従事者や第一対応者たちを支援しています。 
 
先行きが見えない中で、各地域の奉仕クラブは、世界中の地域社会の回復と繁栄のために、共に行動を起こし、かつてないほどの団結を図る革新的な方法を見出すことに引き続き全力を注いでいます。
「新型コロナウイルスに対する世界的取り組みは、すべての国での行動にかかっています。今こそ、行動人である私たちが互いに手を取り、助けを必要とする人たちに迅速な支援を提供するときです」(2019-2020年度国際ロータリー会長、マーク・ダニエル・マローニー)
 
「これほどに規模が大きく重大なパンデミック(世界的大流行)では、世界中の市民が専門家の助言と警告に耳を傾ける必要があります。私たちのすべての会員とボランティアによる活動・計画を続行しなければなりません。危機の後には、政府や地方自治体による多くの社会・経済的課題への取り組みを支援するために、私たちが迅速に対応する必要があります。これらの課題は、危機が過ぎ去った後に必ずやってくるでしょう」(2019-2020年度国際オプチミスト会長、エイドリアン・エルコック)
 
「大きな課題は、私たちの力を試すと同時に、結束をもたらします。ライオンズは、安全に奉仕するための新しい方法を見出しています。ライオンズクラブ国際財団は、新型コロナウイルスの感染急増に直面する地域社会を救うために100万ドル以上の補助金を授与しており、さらに毎日のように補助金の申請が寄せられています。地域社会は奉仕クラブを頼りにしています。私たちは地域社会と寄り添いながら、これまでのように支援し、地域の発展に尽くしていきます」(2019-2020年度ライオンズ国際協会会長、ジュンヨル・チョイ)
 
「このような困難な時に、世界中で毎日のように勇敢な行為を目にします。自らの健康をリスクにさらして人びとのために仕事をする医療従事者や安全管理者たちの尽力を皆で称えようではありませんか。教師、スーパーの店員、宅配ドライバーなど、自宅にとどまることのできない職業に従事する無数の人たちに、キワニスファミリーから感謝申し上げます。友人や隣人の安全を守るために、私たち皆が重要な役割を果たします。世界保健機関(WHO)と地元保健当局の勧告、政府からの指示に従ってください。どうか安全にお過ごしください」(2019-2020年度国際キワニス会長、ダニエル・ビュニロン)
 
 
キワニスは名古屋にもクラブがあります。オプチミストは私(尾野)の知識ではヨットの愛好会しか分かりませんでした。
 
 
今週は国連の誕生とロータリーの関係についてです。
 
ロータリーと国連は、世界各地での平和活動や人道的問題への取り組みにおいて共に歴史を歩んできました。
 
国連憲章についてのロータリーの文献『From Here On! 
 
はじまりは第二次世界大戦中にまでさかのぼります。国連がまだ正式に設立されていないこの頃、ロータリーは既に会員に、国連の設立計画に関する情報を提供し、平和に向けた準備の必要性を唱えていました。会員は、冊子『From Here On!』や『The Rotarian』誌の記事などを通じて、これから設立される国連についての知識を深め、設立後もその活動に関わっていきました。 
 
「国際連合」という名称が初めて正式に使われたのは、1942年の「連合国宣言」でした。当時、多くの国は戦争の真っ只中。この宣言に署名した26カ国は、前年に米国とイギリスが掲げた「世界のよりよい未来に対する希望の礎」となる共通原則の理想への支持を誓いました。 
 
1943年、英国、ソビエト連邦、米国の代表がモスクワで会議を開き、平和と安全維持のための国際機関の創設を訴えました。 
 
その翌年には、前述の国々の代表に中国の代表が加わり、ワシントンD.C.で会議を開催。国際機関の創設という大仕事について協議しました。4カ国の代表によって新機関の構造に関する提案が採択されたこの会議は、「ダンバートン・オークス会議」として知られています。 
この会議の後、ロータリーは、『What Can Rotarians Do Following Dumbarton Oaks?(ダンバートン・オークス会議後にロータリアンができること)』を発行。これには、国連設立案
とその論点が記述されているほか、国際理解の推進を目指すロータリーと国連の関係についてクラブ会員がディスカッションをすることが提案されていました。また、終戦前に戦後の計画を立てることの重要性も訴えられていました。
 
サンフランシスコ会議の米国代表への助言機関となることを国際ロータリーに提案した電報 
 
複雑な憲章原案をロータリアンが理解するのに役立てられた『Timely Questions on Dumbarton Oaks(ダンバートン・オークス会議に関する問い)』 
 
この資料には、第一次世界大戦後の「国際協力案が失敗に終わったのは、大衆の知識不足により、この案を支持する世論が不足していたため」と説明されており、会員間のディスカッションが「見識ある世論の形成に貢献する」と示されていました。
 
続いて発行された『Timely Questions on Dumbarton Oaks(ダンバートン・オークス会議に関する問い)』は、ロータリアンが複雑な憲章原案を理解するのに役立つものでした。この小冊子は、国連の安全保障理事会やその他あらゆる側面を、ロータリークラブのプログラムやディスカッションのテーマとして、さまざまな角度から取り上げています。この頃、各国政府はダンバートン・オークス会議で作成された憲章原案について慎重に対応し考察を重ねていました。 
 
1945年4月から6月にかけて、50カ国の代表が「国際機関に関する連合国会議」(サンフランシスコ会議)に出席するためにサンフランシスコに集結。この会議の目的は、全連合国が承認する憲章を起草することでした。この歴史的な試みにおいて、多くのスタッフ、諮問役、助言役が各国代表を援助しました。
 
国際ロータリーは、サンフランシスコ会議代表者への助言機関として米国政府から選ばれた42団体のうちの一つでした。各団体に与えられた代表の席は3席。国際ロータリーには11人の代表がいたため、代表は交代で任務に当たりました。ロータリーの正式な代表となった人の中には、事務総長、『The Rotarian」誌編集長、数名の元会長が含まれていました。また、アフリカ、アジア、ヨーロッパ、北米、南米でも国の代表を務めたロータリアンがいたほか、代表者の助言役を務めたロータリアンもいました。
 
会議の直前、国際ロータリーは、『Pattern for the San Francisco Conference(サンフランシスコ会議の見本)』と題するパンフレットを発行し、会員に配布しました。これには、「世界政府の構想に関する話し合いへの参加」が「個々のロータリアンにとって国際奉仕の目的を果たす素晴らしい機会である」と記されています。
 
 
『Pattern for the San Francisco Conference(サンフランシスコ会議の見本)』 
 
その後も1945年末まで、ロータリーは『The Rotarian』誌やその他の出版物を通じて、この新機関に関する課題や進展について会員に情報を提供しました。読者は、記事や社説を通じて課題を読み解き、筆者の考察や論点によって、国連の現状や関連人物について新しい知識を得ることができました。
 
『Rotarians in the News at San Francisco(サンフランシスコからのロータリアン便り)』 1945年7月 
『Report from San Francisco(サンフランシスコからの報告)』1945年7月
『Rotary at the Conference(ロータリー、サンフランシスコ会議にて)』1945年7月
『Gateway to Peace(平和への門)』 1945年8月
『San Francisco Just Started It(サンフランシスコから始まる)』1945年11月
 
国連設立後、95ページに渡る冊子『From Here On!』が発行されました。この冊子には、国連憲章の抜粋が見開きページの片側に、またその反対側のページには注釈や討論を促す問いが印刷されていました。このようなレイアウトにより、ロータリアンは国連憲章について学びながらクラブで討論することができました。
 
この冊子には、世界中の「自由な国民」が国連憲章に息を吹き込んではじめて、憲章の効力が発揮される、と説かれています。また、「冊子を忠実に読んだロータリアンは、奉仕の道を確実にたどるであろう」と書かれています。
 
1946年にロータリーは、同年1月と2月に開催された国連総会での主な成果をまとめた補足資料を発行。その後も会員は、『The Rotarian』誌の記事を通じて国連とその活動を見守ってきました。
 
『UN or World States(国連か、世界国家か)』 1946年6月 
『What Do You Want UN to Do?(国連に望むこと)』1948年9月
『Speaking of the United Nations(国連に寄せる言葉)』1955年3月
『Appraisal at San Francisco(サンフランシスコでの評価』1955年9月 
『How I Would Change the UN(私なら国連をこう変える)』 1955年10月
 
今日ロータリーは、国連の特別機関の多数を監督する国連経済社会理事会により、非政府組織として最高の位の諮問資格を与えられています。国連の各種機関やプログラム、各委員会や各局との関係を維持し深めているのが「ロータリー代表ネットワーク」 です。このグループは、国連やその他の機関への国際ロータリー代表で構成されています。
 
毎年開かれる国連でのロータリーデーでは、平和に向けた共通のビジョンを称え、ロータリーと国連が世界中で行なっている極めて重要な人道的活動を取り上げています。

幹事報告

愛知RECホームページのインフォメーション・メッセージボードを更新しました。

メークアップ&スマイル



下記の、3名の皆様よりメークアップを頂きました。

藍原雅裕様

清水慎一郎様

田中地宏保様



誠にありがとうございます。クラブを代表しましてお礼申し上げます。

※ご投稿頂いたあとにお支払いをされていないと証明書が発行出来ません。
送ったのに証明書が来ないなどご不明な点がありましたらお知らせください。

委員会報告

★出席報告         
  第290回 例会 (03/18~03/24) 補正出席率 89.47%
  第291回 例会 (03/25~03/31) 当日出席率 63.16%
  第292回 例会 (04/01~04/07) 当日出席率 63.16%


★4月のロータリーレート  

 108円  (参考 3月ロータリーレート : 110円)

卓話

高等学校教育の現場から

愛知ロータリーEクラブ 西田忠幸
令和2年1月16日新型コロナウイルスが日本で発病、中国武漢市の大変な状況を日々TV報道で知らされて対岸の火事と傍観していた時に病魔は静かに私たちの足下に忍び寄っていました。
政府は何よりも来るべき東京2020に関心高くこの後の起こるべき大事を軽視しこの病魔を過小評価して対処が後手をになってしまいました。
新型コロナウイルスがあっという間に世界に感染が蔓延し始めて、やっと日本もオリンピック開催に未練を残しての1年間の延期を承諾しましたが、新型コロナウイルス発病拡散は日本も例外とはならず政府もその対策を本腰で取り組むべき必要性を知らされる事になりました。
緊急措置法・緊急事態宣言を発令しましたが、教育現場に突然の学校休校休業の要請に戸惑いと混乱、前例のない対処をしなければならず3学期の授業・卒業式・終業式・新学期入学式も出来ず現在5月6日まで全国の大部分の高等学校・中学校・小学校は依然としての休校措置の状態に置かれています。

43年間高等学校教員として勤務いたしました経験からのお話を致します。男子校に29年間、女子高に5年間、男女共学校に9年間勤務いたしましたが、教育現場にて生徒学習効果の上から採用される、教育教材の理解の認識が,少し異なっていますことを紹介いたします。
教育現場に戦後、選択された教材が負の要素を持ったのが多々有ります。
その1つ 喧嘩両成敗(けんかりょうせいばい)とは、事の理非に問わず喧嘩をした者を両方処罰 すること。(理非を問わず=論じない。処罰=双方を等しく処断する。)

中世後半になると、社会が不安定となり訴訟によらず実力によって解決(自力救済)をする事が当然とする武断的に簡潔処理が頻発し、乱世を鎮める為に「サムライ」達の間で好んで使われた法 原則ですが、しかも日本人には当然と思われていますが、他の国、他の民族・部族には見られない日本独特の掟なのです。
この考えは室町時代の復讐の正当性(やられたらやりかえす)、復讐の連鎖が止まらず、その仕返し論法が個人から属する集団へと拡大した事。さらに戦国大名の時代になると自国領地の[分国法]に両成敗の規定を採用、この掟は家臣の私闘の禁止よりも私闘を裁判の場に誘導する効果を求めたもので、死闘による自損する自国の武力温存を狙うところにありました。
室町時代の人々の生活知恵として生まれた規範は、江戸時代になって社会が落ち着き人心の情緒が安定し、天下泰平の治世が続くと適用が少なくなって、その役割は終焉しますが、その規範が現代にまで生き続ける不思議。
 
学校教育で大切な事は学習して実践し、思考して試行する。その交差展開が、個人の思想や観念、理想や信念として醸成され豊な人間性を育てる基になります。人の心性は少年期に教授された模範と実践によって訓練されて、五常の1つ「義=(筋道の取った正しい行い)」が心に宿り、「勇」=(気力が盛んで事にまともにぶつかる気構え)が育ちますが、この「両成敗」の思想が、[触らぬ神に祟りなし」の風潮をうみ「義を見て世ざるは勇無きなり」誠に脆弱な思想となって、身をもって弱者をいたわりわが身を盾にする凛とした男子の美学を育む機会を失ってしまいます。
 
生徒間の喧嘩とは個人的な争いの中でも裁判に持ち込まれないもので、子供の喧嘩の裏にあるものは強い感情でありその感情が沈静化しない限り問題解決にはならないのです。
喧嘩の行為には必ず問題発生の原因がありますが、当事者同士は其の原因が誰にあるかは十分に認識しています。
現場の教師に課せられる事はその問題に正面から取り組む姿勢が大事で、当事者の言い分を聴き証言の真偽を推察し「正・不正の行司」をする責務がありますが、それが正しく裁定されることにより両者の感情が沈静化し、そこに友情が生まれ、教師への信頼が生まれるものと考えます。
教研で生徒に「望ましい教師は」との設問に ①は親愛(優しさ。)②は正義感。③は清潔感。と回答がありました。

「相談する人は誰ですか。」の設問にその回答に教師が驚かされた事は①先生(ただし塾の先生)と書かれたことでした。
 
さらに先年、誰もが反対し得なかった。「ゆとり教育」は身勝手を自由。我儘を個性。とはき違えたこの時間の無駄は大いに反省をしなければならない問題でした。

 
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